中学受験専門塾第一ゼミパシードは難関中学受験有名中学受験合格を目的に最善の中学受験指導を実現する学習塾進学塾です

Home > 各校一覧 > パシードブログ > 虎、今岡で9連勝!中日と2差

パシードブログ

  •  
  •  

« prev | メイン | next »

虎、今岡で9連勝!中日と2差

2006年09月30日

-----

<阪神4−0中日>◇29日◇甲子園
 甲子園が熱狂した。首位中日との天王山初戦。阪神勝利の立役者は、右手中指の手術から復活した今岡誠内野手(32)だ。1−0の7回2死満塁で代打で登場し、中日のエース川上から右中間に走者一掃の二塁打を放ち、勝利を決定づけた。先発下柳は胸にライナー直撃を受けながら粘投し、女房役矢野は先制打。そしてJFKの必勝リレー、金本、赤星の美技など逆転Vを信じる虎の気迫が、00年以来6年ぶりの9連勝を呼び込んだ。中日とのゲーム差は2。奇跡がついに、視界に入ってきた。
 今季138試合の中で最高のチャンスが、今岡の勝負勘を引き出した。1点リードで迎えた7回2死満塁。川上の初球カットボールを振り切ると、打球はライナーで右中間へ。ダイブする中堅英智の横を数十センチ差で抜けると、絶叫は大歓声に変わった。二塁ベースを回ると、手をたたきガッツポーズ。悔しさ、もどかしさをひと振りで昇華した。「真っ白で、気合で打ちました。捕るんじゃないかと思ったんですけど、抜けてくれてうれしかった。ホントに、素直にすごくうれしかったです」。
 土壇場での走者一掃の適時二塁打で、一気に3得点。6月には死球で右手首を負傷し、慢性痛だった「右手中指弾撥指(だんぱつし)」(バネ指)を手術した。指を満足に曲げ伸ばしできない、けんしょう炎の一種で、約3カ月間、戦線離脱した。1軍に復帰してからも3打席無安打。9月17日の復帰初打席は3球三振だった。そんなブランクは勝負どころでは関係ない。6月16日オリックス戦以来の安打を放ち、昨季リーグ打点王が岡田監督の代打起用に応えた。
 野球人生を振り返る3カ月間だった。7月上旬、西宮市内の虎風荘食堂。球団OBとの雑談のなかで「長く野球をするためには、どうすればいいですか」と漏らしたことがある。明快な答えが返ってきた。「下半身を鍛えることや」。意を決した。次の日から「特守」を始めた。午前7時に起床し、午後10時には布団に入る2軍暮らし。炎天下で約1時間、汗と泥にまみれて白球を追った。体重が3キロ落ちた。屈しそうになった心を何とか奮い立たせ、モチベーションを保った。兵庫県内の自宅で見るテレビ観戦は新たな発見だった。「やっていると無我夢中で気付かないけど、テレビで見たら甲子園って、ホント独特の雰囲気だね」。聖地に戻って活躍することを想像し続けた。
 ブランクがあっても、岡田監督の信頼は揺るぎなかった。勝負を決めた7回2死満塁。ネクスト・バッターズ・サークルで素振りを続けていた林を呼び戻し、今岡を代打に送った。「ベンチの誰も今岡やと思ってなかったんちゃうか」と振り返った岡田監督だったが、腹は決まっていた。1死満塁で桧山が凡退(結果は投ゴロ)したら今岡。決断に迷いはなかった。「今岡の勝負強さを信じてな。そのためにベンチに入れとるんやから」。もうひとつ。「川上は左打者の方が苦労しとった。今の今岡にはまだ内角は苦しいかもしれんけど、外角のカットボールには合うと思った」。その読みもズバリと当たった。この日は岡田監督の亡き父勇郎さんの誕生日で、昨年リーグ優勝を決めた記念日だった。不思議と大一番が重なる。指揮官は「ホンマやな…」とつぶやいた。
 「あと何回(お立ち台に)立てるか分からない。もう1回立てるような仕事をしたいですね」。ヒーローインタビューでひとしきり話すと、今岡は喜びに浸った。「気持ちで打ったというか…。それだけです」。そう言い残してロッカー室に消えた。天王山は残り2試合。連勝すれば、ゲーム差はついに0となる。クライマックスで、頼もしい男・今岡誠が帰ってきた。

日時: 2006年09月30日 16:29


ページの先頭へ